産休に入ります

6月の出産に向け、5月末で産休に入らせていただくことにしました。

昨年10月のオープン以来、いつも気にかけてくださり、応援してくださり、
本当にありがとうございました。

オープンからたった半年での休業になり申し訳ありません。

なるべく早く再開したいと思っておりますが、産まれてくる赤ちゃんと自分の体と
相談しながら再開時期や営業体制を考えたいと思っています。

再開の折にはぜひ遊びにいらしてください。
これからも末永くどうぞ宜しくお願いいたします。

*****************

5年ぶりの出産、年もいきました(汗)
不安と楽しみ半分ずつ。
毎日陣痛が怖くて怯えています(笑)
でもまだ見ぬ小さな人との対面がとても楽しみです。
どうしても赤ちゃんが欲しい!と言い続けてくれた息子。
その思いに後押しされて赤ちゃんがやって来ました。
妊娠してから私の体をとても労わるようになり、
赤ちゃんに影響することに関しては、一つもわがままを言わず今日まできました。
どんなお兄ちゃんになるかな。
それもとても楽しみです。

タケオさんとミアさん

子供を出産する直前までお世話になった職場、マンマミーア。

タケオさん、ミアさんに出会わなければ、今の自分は無い、はっきりそう言える。

ギャラリーでの仕事、カフェでの仕事、それは今の仕事をする上でとても大きな
財産になっている。

でも、そういうこと以前に、生きていく上での大きな大きな財産をもらった。
それは私の人生を豊かなものにしてくれている。

何を大切にし、何を貫き、どう生きていくのか…
自分の意思をもち、物事の本質は何か考えること、
それをいつも意識させられていた。

敏感に物事を見つめること、それは時には疲れてしまうこともあった。
でも、そのことが、今ひとりで小さな舟をこぎ出した私に、
とてつもない勇気をくれている。

KAMI DE CAFE
カミデカフェ

これは、タケオさんとミアさんが修行中でまだお店を持てなかった頃に始めた、
二人だけの紙の上のカフェ。
もうずっと続いているもの。

お二人の、そして、後にはスタッフにとって、自分達の考えを発信する、
とても大切なものとなっている。

きのうお店に行ったら私のことを書いてくださっているカミデカフェがあった。

これがどれだけ大切なものかわかっているから、
タケオさんとミアさんの想いがあたたかくて、本当に嬉しかった。

迷惑がかかってはいけないと思ってきたのでこれまではふせてきましたが、
感謝の想いと、元スタッフとしてこれから恥じない仕事をするという決意を込めて書きました。

タケオさん、ミアさん、
ありがとうございます。
これからも見守ってください。
頑張ります。

いただいたお花を

木曜日にオープンし、連日良いお天気が続いていたので、

お祝いにいただいたお花が少しずつ枯れはじめてきてしまいました。

弱ったものは抜いて、まだ元気なものは花器に生け変えたり、ブーケにしたり、

フラワーバスケットにしたり・・・

ドライフラワーになるものは吊るしたりして楽しませてもらっています。

お花に囲まれて過ごせてとても幸せです。

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感謝

10月6日無事にオープンいたしました。

至らない点も多々あったかと思うので、無事ではなかったのかも

しれませんが・・・

ただ、私自身は経験したことのない幸福感で、

あたたかな光に包まれたような一日でした。

1475756215025(写真:アノヒ写真館)

店をしたいとぼんやり思い始めてから何年が経ったのかわかりません。

わからないほど長い間望んでいた日が今日だということ、

昨日までは我が家だったここが、お店と言われていること、

そんな現実が信じられなくて、夢の中にいるようでした。

 

オープンの2日前、「はよ来い!はよ出といで!」と呼ばれるので玄関へ行くと、

近所のおばあちゃん、奥さんたちが、

大きな胡蝶蘭を抱えて来てくださっていました。

 

「頑張ってや!」「みんな待ってたんやで!」と笑顔で声をかけられ号泣・・・

「おまえ、泣いてる間があったらはよ商品並べ!間に合わへんぞ!」

といつも通りの辛口のおばあちゃん。

 

ポンポンと肩をたたかれた手の平がとっても温かくて、

近所の方が応援してくださっていたことを初めて知りました。

 

大それたことは考えていないですし、これまでの活動から

一歩だけ進んだ形でやっていけたらという想いでの店づくりでした。

それがこんな形で激励してもらい・・・

 

そして、当日の朝7時、はなのえんさんから大きな大きなお花が届きました。

そこには、13人の大切な友人の名前が・・・

胸がいっぱいになって朝からまた泣く・・・

 

そして9:30 姉と二人オープンを迎える。

・・・誰も来ない。

あれ?思てたんと違うな。

パンを食べる・・・

 

それからしばらくして一番客は、辛口おばあちゃん。

心配して見に来てくれたんやな、と思うとまた泣きそうになる。

そこから一時間ほどして、友人、ご近所さん、いつもお世話になっている

方々・・・

たくさんの方で、狭い店はすぐにいっぱいになりました。

 

みんなの笑顔が近いのに遠くにかすんで見えるような感じで、

私はその幸せな光景を一人離れて見ているような、そんな感じでした。

 

店をするということは、誰に望まれたことでもなく、

ただただ自分の夢を実現するためにやってきたことで、

それなのに、自分のためにこんなにたくさんの方が、

お祝いしてくれている、励ましてくれている、期待してくれている。

オープンに向けて必死過ぎていた私。

私の知らないところで、たくさんの人が私のために、

それぞれに考えてくださっていた時間があったことを初めて知り、

そのことがありがたくて、もったいなくて、心強くて・・・

感動は自分の想像の遥か上でした。

 

これだけの良い出会いとつながりにいつの間にか恵まれていた自分、

そのことにこのような形で気づかされ、

これからの人生で大きな希望と自信になりました。

 

お祝いのお花やお菓子などを持って来てくださったり、

お花を送ってくださったり、

自分だけでひっそりこっそりと地味に始まるはずだった開店一日目は、

驚くぐらいに華やかで、賑やかな一日になりました。

(いただいたものの写真が撮り切れずごめんなさい!)

 

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母が「どのお花もゆうちゃんの好きな雰囲気ばっかりやなぁ。

みんなゆうちゃんのことほんまにわかってくれてはるんやなぁ。」

とぽつり。

そう言われて、ほんとにそうだと、またじんときてしまう。

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たくさんの方に見守られて終わっていったオープン一日目。

こんな素敵な一日を自分の人生の中で刻めたこと、

私は本当にしあわせ者だと思います。

本当に、本当にありがとうございました。

もうそれしか言葉が浮かびません。

まだまだ未熟な店ですが、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

そして、最後に・・・

こんな形で店を開くことを許してくれた家族のみんな、

私をいつも温かく見守り、応援してくれてありがとう。

 

そして、姉。

私が今日あるのはあなたのおかげです。

吹きさらしの中、一人で荷物を抱えて出店し始めた。

少しずつお客さんが来てくれるようになって、そこへ私がのっかる形でやらせて

もらうようになった。

お互い本気ゆえ、ぶつかることが多いけれど、私の原動力はいつもあなたです。

これからも前に進むときはきっとぶつかると思うけれど、

ぶつかって壊れながら、ポンコツ2台で走っていこう。

いつも、いつもありがとう。

そしてこれからもよろしく。

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(写真:アノヒ写真館)

改装の相談を

店舗部分になる玄関先スペースの改装の相談に大工さんに来てもらいました。

昔から主人の家がお世話になっている大工さんで気楽に相談ができるし、
建築士の息子さんが同年代で、私のぼんやりとした感覚も感じ取ってくださり、具体的にこうすれば、というアドバイスをくださるのでとても助かります。

スペースは今ある玄関土間2畳とその隣の4畳半ほどの和室になるので、本当に小さいスペースです。
今回その和室を土間にして玄関土間と一続きのスペースにすることにしました。

小さい小さいスペースですが、気楽にのぞいてもらえて、楽しかったなぁと満たされた気持ちで帰ってもらえる店になったらいいなぁと思っています。

松本の旅 番外編

戦争中に空襲にあわなかったという松本は、良い建物もたくさん残っているそうで、
歩いていてもついつい建物の写真を撮ってしまいました。

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教えてもらったおススメのお蕎麦屋さんで十割蕎麦を、、、
美味しかった!でもお腹空きすぎて全然足りず、、、
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そんなこんなで、行きたかったお店に行くこともでき、二日間の松本の旅も無事に終了しました。

今回こんな形でゆっくりとお会いした方とお話しできたり、いろいろと回れたのは、家族の理解があり息子を預かってもらって行くことができたおかげでした。

出発の前夜、寝る直前まで「ママとお皿やさんいきたいー!」と言っていた息子。
始発に乗った私は、朝起きるともういなくて大泣きだったそう、、、
二日間、姉、妹、母たちと頑張って待っていてくれました。
(改札の正面でパジャマ姿で立って待っていた時は涙が出そうになった!)

まだまだ子供が小さくてお母さんを求めている時期に、焦って動く時期ではないのかな、と思う一方で、自分では今だ、と思う気持ちもあって、周りを振り回しつつしかやっていくことはできませんが、少しずつバランスを取りながらやっていけたら良いなぁと思います。

がんばるぞ!

松本の旅 二日目

二日目は松本の街をゆっくりと満喫。

まずは、なわて通りという水辺に商店のあるエリアで行われているマルシェへ。
神社があったり、バンドの演奏をされている方がいたり、ゆったりとしてなんとも良い雰囲気で、、、

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20160529_101705こちらでは松本みすず細工の会さんという、松本の竹細工を復興させるために活動されている方々にお会いしに行きました。

この辺りの竹林で見るような太い竹ではなく、すず竹という笹のようなとても細い竹で編まれています。20160529_103515

一般的な竹は女性が採りにいくのはなかなか大変ですが、すず竹は採取が比較的女性でもしやすいという利点もあるようです。
ですが、この細い竹をさらに四つに割ってひごを作られるそうで、、、
とても根気のいる作業です。

20160529_103522編みあげられた美しいカゴ。
竹カゴの良さが見直され始めていますが、継承者が少なく人手不足でどこの産地もかなり品薄になっているそうです。

時給、日給にすればかなり低賃金での作業だそうで、仕事として竹細工をする人を確保することが難しいことが原因の一つにあるようです。

材料の確保から、ひごづくり、完成までの過程を知れば、もう少し価格を上げるのは仕方がないことなのでは、、、と思ってしまいますが、
元々は身近な日用品、そこまで価格を上げたくない、という作り手の想いもあるようです。

20160529_122659そして、その後行ったこちらの有名な竹カゴ屋さん。
店内に山積みの竹カゴに興奮してしまったけれど、奥さまにお話を聞くと、
やはりもうご自身もご主人もご高齢で、なかなか以前のようなペースで仕事ができない、とおっしゃられていました。

色々な情報で、竹細工を取り巻く環境の話を聞きますが、今回こうして直にお話を聞けて、本当に途絶えそうになってきているんだなぁと、そして、またそれを一生懸命繋いでいこうと奮闘されてる方がいるんだなぁと改めて思いました。
先日見に行った水口細工もですが。

どうかどうか、無くならずに続いていってほしい。

松本の旅 一日目

この週末は、長野県松本市で行われているクラフトフェアまつもとに行ってきました。

このイベントは毎年五月に行われる、全国各地のクラフト作家が集まる野外工芸展で、今年で32回目になるイベント。

8年ぐらい前に仕事で当時のオーナーさんに連れて行ってもらって以来、久々の松本でした。

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久しぶりのこの空気。前へ前へと焦る気持ちを静めつつ、今回はじっくり、ゆっくり見て回りました。

お世話になっているお櫃のゆかい社中さんが出展されていたり、知り合いの作家さんに数年ぶりにお会いしたり、たくさんの方にお会いできて、とても良い一日になりました。

 

*****

 

実は、今年の夏ごろ、実店舗を開こうと思っています。
店舗、と言うと大げさですが、住まいの一部、玄関先を一部改装してなので、
本当にわずかなスペースになるのですが。

欲を言えば、色々思うところはあるのですが、まずは身の丈にあったやり方で、出来ることから、、、でもその中で最良のものをつくりたい、という思いです。

 

これまでイベントやオンラインショップで生活用品、雑貨、古道具などの販売をしてきましたが、
お店という場所ができたらずっとやりたいことが、クラフト作品を扱いたい、
ということでした。

オンラインショップはありますが、これに関しては背景をしっかり伝えて責任を持って販売したいという思いがありました。
もちろん、その他のものも、同じ気持ちで販売しているのですが。

あと、買ってくださる方に、”感じて”買ってもらいたいから、というのがありました。
世間で評判が良くても、自分がネットや本などで見て良いなぁと思っても、
実物に触れたとき、しっくりこないことはよくあります。

重さ、厚み、質感、微妙な色・・・
手に持った時の指のかかり具合、手の平の中での納まり・・・
情報や目で見ただけでは意外と判断がつかないとが多いなぁと思います。

それは、そのもの自体が良い、悪いということではなく、自分とは合わなかったということだと思います。

人は一人ひとり違うから、同じ感性や感覚で一つのものを良いと思うことは不自然なことだと思っています。

でも、世の中にはいつも流行があります。
それで成り立っているビジネスもあるから仕方ありません。
特に今は情報が溢れかえっているから、それらを意識し過ぎてしまうと、人の感覚を自分の感覚のように錯覚してしまいがちです。

そんな風潮だからこそ、せっかくやるなら余計な情報を遮断して、自分の感覚でやってみたい。
とは言っても、自分なんて大した感覚ではないから、笑われることも、非難されることもきっとある、、、
でも、そういうやり方しか自分にはできない、、、

ものの歴史や知識はたくさん勉強しないといけない。
そして、他人のセンスや誰かが作った見せかけの中に安心して居るのではなく、
自分の目で確かめて真実の中で仕事をしたい。
自分の影と同じように、それが自分と一体であること。理想を追い過ぎて、自分とかけ離れていないこと、、、

長々と書いてしまったのですが、そんな訳で、今回は良い出会いがあれば、という思いで松本に行きました。

ものも、作っている方も含めての作品。
やはり作っている方に会いたい。

とても心に響く方がおられました。
本来ならば、作品を買って、使ってからお願いするのが筋。
しかし、次直接お会いできる機会がいつになるかわからなかったので、
今回無礼を承知でお話させてもらいました。
自分のことも知ってもらった上で、お返事もらいたかったので、
後日のお返事をお願いしました。

結果はどうなるかわかりませんが、少しずつ自分が納得しながら進めていけたら、と思っています。
良いお返事がいただけるよう祈るばかり、、、あぁどうなることか(+_+)

20160528_121256不思議なパフォーマンスもあったり。

 

そんなこんなでクラフトフェアを満喫し、次はこの週末クラフト一色の松本の街へ。

六九クラフトストリート、こちらもとても良かったです。

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そして、これに参加出店されていた、小林和人さんのお店に行き、初めてお話しさせてもらって、大感激!
『ファンなんです!』というと笑っておられました。
穏やかな雰囲気、商品の説明、たわいもないエピソード、、、
一人ひとりにこんなに丁寧にされているんだろうな、どんなに有名になっても、ずっと変わらない方なんだろうな、というのが滲み出ている方でした。

そして、日が沈むにつれ、私の緊張は高まり、、、
ゆかい社中の池上さんのはからいで、木工作家の井藤昌志さんのお店で夜に開かれるお食事会に誘っていただいたのです。

”場違いすぎてバチあたる”(このダジャレ心の中でリピート何回したか、、、)

そう言えば、井藤さんの作品を初めて見たのは八年前のこのクラフトフェアの後東京に寄った時のことでした。

あるギャラリーのカフェで使われていたのが井藤さんの家具で、なんて格好良くて綺麗なんだろうと思いました。

そんな井藤さんが目の前にいて、私のこんな小さな活動の話をうん、うん、と聞いてくださっている。
そう思うと、久しぶりのビールの酔いとその状況に、だんだんと現実と思えなくなってきていました。

そして、いつもはなかなかゆっくりお話できない池上さん、桶職人の原田さん、そして、safujiさんというお名前で革の作品を作られている沢藤さんと、
たくさんの良いお話をさせてもらえて、あぁ、今回本当に松本に来て良かった、
と思ったのでした。

そして、そろそろ帰りましょうか、、、と席を立とうとしたした頃。

 

 

小林さんがキターーー!!

そんな想定外の出来事がたくさんあった一日目なのでした。

二日目につづく、、、

20160528_192307井藤さんのお店、ラボラトリオ。

 

水口細工の見学に

水口細工を製作されている方のところに行ってきました。

水口細工を知ったのは3年ほど前。
銀行に水口細工のことが載っている冊子が置かれていてこんな素晴らしい伝統工芸が地元水口にあったのか!と驚きました。

その時からずっと心に残っていたのですが、今年の年明けに市の美術展をふらっと見に行ったときに、数点製作されたものが展示されていて、実物もやはりとても良いなぁと思いました。

そしてやはり気になって、昨日、市の歴史民俗資料館に保管されているものを見に行きました。

昔は東海道水口宿の名物として有名で、伊勢神宮に神宝として献上されたり、正倉院にも収蔵されているものらしいのですが、1970年に最後の伝承者が亡くなってから、一旦途絶えてしまったそうです。

ですが、平成12年に水口在住の有志により水口細工復興研究会が設立され、復興に取り組まれているとのこと、、、

その研究会の方と連絡が取れないか資料館の方に尋ねたところ、ちょうど今日、月二回されている作業の日ですよ。近くで今やっているから是非行ってみて、
とのことで、なんてラッキー!と行ってきたのです。

 

いやいやしかしその工程たるや、、、
想像以上に手間のかかる作業をされていました。

材料を山から採取し、
経糸になるつづらふじ、緯糸になる葛、
それぞれの表皮をナイフで一本一本削り取る。
そして長さを揃えて分類する。
そうしてようやく経糸を編み機にセットし、編む作業が開始。

糸のかけ方で様々な模様が生まれ、それが現代の生活にも馴染むようなもので、
とても心惹かれます。

写真はせっかく来てくれたから、とくださったもの。
やりに来る?と言われたけれど、不器用な私はとっさに一旦断りました。
でも帰ってから、じわじわと気になる、、、
作りたい意欲がある訳ではないけれど、もっと知りたい、、、
悩んでいる。

師匠のこと

私にとって竹カゴはとても特別なものです。
竹カゴを通して出会ったご夫婦がいます。

気持ちが折れそうになったとき二人の顔を思い出すと、

がんばらないと、という気持ちが戻って来ます。
竹カゴに魅かれたのは結婚して少し経った頃のことでした。

主人の祖母が畑で採れた土つきのじゃがいもを竹カゴに入れてくれました。

泥まみれの手付のカゴでしたが、なんとなく可愛いなと思ってきれいに洗って

家の中で使っていました。

一年ぐらい使った頃、ふと見てみると明らかに様子が変わっていました。

竹の青っぽさは無くなり、艶を帯びて美しい黄色になっていたのです。

竹とはこんな魅力的な素材だったのだと初めて知りました。
それからは、車で走っていても竹林が目に入り、あのまっすぐに伸びた竹が、

どのように加工されて繊細な編み目のカゴになっていくのか気になり、

その工程を自分の目で見てみたいと思うようになりました。
そんなことを考えていたころ、すぐ近くで竹細工を教えてくださる方の

存在を知りました。
私の師匠。

年齢は80歳でした。

でもおじいちゃんという印象はあまりなく、大柄で、話し方、目線、対応の仕方・・・

全てに威厳を感じる方で、いつも少し緊張しながらお会いしていました。

壁には大きな会社で長年勤めあげられた賞状が掛けてありました。

「竹細工、習いたい言うひとはたくさんおるんやけどな、なかなか大変やぞ。

まぁ、いっぺん見てください。アカンと思たらやめてください。」

そう言って、一つひとつの工程を見せてもらい、やらせてもらう。

そんな感じで始まりました。
でもその頃、以前から患われていた肺癌が悪くなっていました。

苦しそうに咳き込まれたり、ティッシュに吐血されることもよくありました。

だから、こんな手がかかる生徒が習い続けるのが心苦しくなって、

やめようかと思いましたが、「別に一人でもこんな感じでやってる。」

と言ってくださるので、その言葉に甘えて通っていました。
ほどなくして、私が妊娠し、つわりがあったりでしばらく通えずにいました。

つわりが落ち着いた頃連絡があって、だいぶ病状が悪いから今のうちに

来てほしいと言われました。

久しぶりにお会いすると、まっすぐ目を合わせられないくらい痩せられていました。

「痩せたやろ」と言われて、「そんなこと・・・」というのが精いっぱいでした。
私が作った唯一のカゴの仕上げがあと一歩というところまできたとき、

もう時間がないから早く来てほしいと連絡がありました。

もういい、と言いましたが、「どうしても伝えておきたい」と言われました。

家に行くと、いつもの部屋ではなく寝室に呼ばれました。

もう自力では起き上がれず、奥さんが寝間着の首元を引っ張って上半身が

やっと起き上がる状態でした。息も途切れとぎれで・・・

私はもう泣きたくなって、とにかく一分でも早く帰らなければと思いながら、

おそらくこれが最後の教室になるのだろうと覚悟しながら、

師匠の言葉、顔、今日の姿を忘れないよう心に刻もうとしていました。

 

その後、無事に初めての出産を終え、退院して実家で養生していると、

師匠から着信がありました。奥さんでした。

私の出産から1週間もたたないうちに旅立たれたということでした。

もう本当に限界だったんだ。竹カゴなんてどうでもいいのに!

無理をさせてしまった。

取り返しのつかない申し訳なさで、奥さんに電話口で謝りました。

 

しばらくして奥さんから手紙が届きました。

息子に、と白い手編みのベストと一緒に。

そこには、「主人は貴方にもっと教えたかった様で残念だった事と思います。」

と書かれていました。

竹かごは、出来上がりの美しさに、どうしても『編む』という部分に

目がいきがちです。

しかし、竹を採り、竹を割り、ひごを作る。

そんな大変な労力と熟練した技術が作業のほとんどを占めます。

手仕事のものはそんなものが多いのかも知れません。

そういうものだから、その工程を知らなくとも、

手に取った時にため息が出るような感動があるのかもしれません。

 

命の灯が消えそうになりながら、師匠が若い世代に伝えたいと思ったことは

なんだったのか。

想像することしかできないけれど、私なりの解釈でこの仕事を通して

繋いでいきたいと思っています。

 

子供の服

hand made nonoの新しいニット商品が数点できあがりました。

これは作った本人も、私たちもとってもお気に入りの一着です。

 

可愛い子供服って見ているだけでも幸せな気持ちになりますが、

そんな服に子供が袖を通した時には、まわりの大人がキャーッと歓声をあげてしまうぐらいの

魅力がありますよね。

 

どんな女の子のところへお嫁に行ってくれるのかとっても楽しみです。

商品の詳細や、その他の新作は近日中にネットショップにアップいたします。

 

大人のおしゃれ

こういうアクセサリーはちょっと少女っぽい柔らかいイメージなので、

大人っぽいものへのあこがれもあって、

自分が十代、二十代の頃だったら甘すぎてあんまりつけなかっただろうなって思います。

 

私はファッションのことは語れませんが、

かっちりしたファッションをスニーカーではずしている人を見ると、

なんかいいなぁと思う感覚と同じで、

自分よりずっと大人の女性がこういうかわいらしいアイテムをつけているのを見ると、

自分もそんな風なおしゃれの仕方を将来したいなぁって思います。

 

若々しくて素敵に見えるファッションの人って、

若々しく見せようと努力しているファッションの人ではでなくて、

自分と年齢を見つめてその中での最大値の微妙なラインを知っている人

なんじゃないかと思います。

 

ニット

私は編み物がまったくできない。

編み物が、というか裁縫全般が苦手。

大人になるまで自分は器用だと思っていた。

母も祖母も器用だから、その血を継いでいる自分もそうなんだと思い込んでいた。

 

でも何を作ってもうまくいかない。

たとえ完成しても美しくない。曲がる、よれる。

 

あるときから、自分は不器用なんじゃないかと思うようになった。

そしたらいろんなことに合点がいくようになった。

 

一本の毛糸から何通りもの表現が生まれるニット。

なぜあんなものが作れるのか不思議で不思議でしょうがない。

 

 

NOTHING PASSIVEのsocksmonkey

ソックスモンキーは今から100年ほど前、世界大恐慌中のアメリカで誕生しました。

おもちゃを買ってあげられないお母さんが子供のために、

クリスマスプレゼントを買ってあげられないおばあさんが孫のために、

使い古した靴下でおさるを作ってプレゼントしたのが始まりだと言われています。

 

誕生にそんな背景を持っているこのお人形が大好きです。

 

赤ちゃんって

本当にかわいいですね。

見ているだけで幸せになります。独特のしぐさや泣き顔。弱々しくもあり力強さも感じます。

 

子供を産んで家に帰る日、どんな服を着せようか産まれる前から考えていました。

畳の上に服を並べ、まだ見ぬ我が子の顔を想像して。

とても幸せな時間でした。

 

病院の肌着から初めてのおめかしをしたとき、

小さな体にその服はぶかぶかでなんだか不恰好なようにも見えました。

その姿に笑いがこみ上げるのと同時に、味わったことのない愛おしさでいっぱいになりました。

 

古い温度計

昔から大切に使われてきたものの美しさやおもしろさ
一つ一つのものの背景にある知り尽くせない歴史
作った人のこと
使っていた人の生活

それらを静かに背負っているように感じるものを見ると、
どうしようもなく心を掴まれるような感覚になります。

私の生まれ育った家には古い小屋があります。
子供のころ、この温度計をその小屋で見つけました。
もう使えないぼろぼろの温度計でしたが、なぜか心ひかれて大人になるまで持っていました。
古いものへの想いはこのころから芽生えていたように思います。

小屋には亡くなった祖父が使用していた古い道具がたくさん置いてあり、
そこに入ると子供心になにか衝動に駆られるような気持ちになった記憶があります。

それは今考えると、そういうものが現代に、後世に残っていてほしいと、
子供ながらに感じていたのではないかと思います。